「あうぅ…、出来ない」
 もうかれこれ30分は携帯電話を手に迷っている。
 ディスプレイには友人の名前と電話番号が表示されたままだ。
 ルカスマにオリジナル楽曲が欲しいのだ。何人かのミュージシャンに頼んではいるんだが、 ピンとくる曲がなかなか上がってきてくれないのだ。
「しかしなぁ…」
 携帯のディスプレイに名前が表示されている人なら、きっといい曲を作ってくれるに違いない。 でも、その人が何年か前に実家の熊本に帰ってからはすっかり疎遠になってしまっていた。 楽曲の件で迷っている時にその人から年賀状が届いて、おぉ!そうだ。この人に頼もう!と思ったまではよかったが…。
「久しぶりに電話していきなり曲作ってってのも何だしなぁ…」
 しかもビンボー事務所ゆえ、満足なギャランティさえ提示出来ない。
 ため息とタバコの煙を一緒に吐き出しながら空を仰ぐ。
「そろそろオーディション始まりますよ」
 背後よりスタッフから声がかけられる。今日は4月に公演の舞台の出演者オーディションをやっているのだ。
「今、行く」
 タバコを灰皿に押しつけながら返事を返す。

 うん。とりあえずメールだけ打っておこう。


        EPISODE 13 : Romanticが止まらない


 今日はルカスマとミニコミ誌の取材に来ている。
 相変わらずマトモに受け答えすることが出来ない。
 いや、これでも前に比べりゃ少しはマシになってきている方か…。
 VTRでのコメント撮りが終わり、今はアンケート用紙を前にあーでもないこーでもないと4人でくっちゃべりながら記入している。
「じゃあ、次の質問読むね。今まで一番感動した映画は?だって」
「えーと、えーと、タイタニック」
「さりかはタイタニック、と。どこがよかったですか?」
「沈んでくトコ」
 端で聞いてりゃ面白いが、実に表現力に乏しい奴らよ。
「美沙は?」
「火垂るの墓。悲しかった」
 あー、悲しいからな、アレは。
「智美は?」
「僕はね、フランダースの犬。最後の天使と一緒に空に上がっていくトコ?アレはマズイ。ホントにマズイ」
 映画じゃなくてTVだけど…ま、いっか。
「るかちゃんは?」
「う〜ん。アルマゲドン、かな?」
「アルマゲドン、と。どこがよかったですか?」
「やっぱり、主人公が娘の恋人の身代わりになって…一人で残って…」
「どしたの?るかちゃん」
「お、思い出しちゃうだけで…な、泣けてくるくらい…」
 お、おい。
「ううぅぅ…」
 泣くなよ!ここは自宅じゃなくて取材先だろ!担当の人が戻ってきたらどう説明すんだ、この状況を!!
「うううぅぅぅ…」
 るかが泣き続けている。
「るかちゃん、泣かないで、泣かないで。そんな悲しい顔してたら…私まで…うぅ…」
「さりか!お前まで何で泣くんだ!!」
「…だって、るかちゃんが悲しい顔して…うぅぅ…」
「バカか!お前らは!!」
 バカ過ぎる。本当にこいつらはバカ過ぎる。
「泣いてないで、次の質問に行け!」
「うぅ…最後の質問です。今年の抱負」
「抱負って何ですか?」
「まぁ、目標みたいなもんだな」
「えーと、えーと…」
「素直に思った事でいい。るか、何かあるか?」
「えーと…」
 彼女は言った。
「泣かないで頑張る」



                    ●                       ●


「あ、この曲…」
「知ってるか?」
「聞いた事あるー」
「電車男、電車男ー」
 帰りの車でふと思いついてC-C-Bベストをかけてみる。1曲目の『Romanticが止まらない』がかかった瞬間、 後部座席からの反応がアツい。
「テレビのものまね番組で聞いた事あるー」
 知らないかと思ってたが、結構わかるもんだな。
「なぁ、お前ら…」
「なんですか?」
「オリジナル、欲しいか?」
「オリジナルってルカスマの?」
「欲しい欲しい!」
「欲しーい!!」
 予想通りの反応だ。
「でな…この曲、歌ってる人に曲を頼んでみようかと思うんだけど」
「やった!」
「でも、まだ引き受けてもらえるかどうかは…」
「オリジナルだー!」
「いや、だからまだ決まったワケじゃ…」
「やったー!」
 ま、いいか。

 オレが、お前らくらいの年にはさ、C-C-Bってホント凄かったんだぜ。
 ベストテン番組の常連で、新曲出せば必ずオリコン上位にランクイン。武道館クラスの会場でライブやって、 音楽雑誌の表紙から明星の表紙まで。よく学校帰りに友&愛でレンタルしてたっけな。
 ホント、スターだったんだよ。オレにとって。大人になって、芸能界でメシ食うようになって、 でもまさかC-C-Bの笠さんと知り合って、一緒に仕事して、親しく話せるようになるなんて予想もしてなかった。 そして、知り合った笠さんがまたいい人でさ。いや、いい人っていうより優しい人でさ。 ホント、優しすぎるくらいの人なんだよ。嬉しかったな、ホント。
 なんて事を思いながらハンドルを握る。
 ポケットの中の携帯が震えている。
 赤信号で確認してみたら、笠さんからのメールだ。

『僕でいいの?だったら喜んで作るよ。お金の事は心配しなくていいから電話下さい』

 こういう人なんだよ。
 きっと、こう言ってくれるだろうって思ってたから、頼んでいいかどうか迷ってたんだ。でも…
 後部座席でくだらない事を話しながら笑っているであろうルカスマをバックミラーで確認する。 確認完了。やっぱりくだらない事を話しながら笑っている。美沙だけは寝ている。
 ごめんね、笠さん。でも今回はありがたく甘えとくよ。もし、こいつらが売れたら必ずお礼はするからね。
 そして、オレは次の赤信号で後部座席を振り返る。
 再び『Romantic〜』のCDを少し大きな音量でかけながら
「お前ら、喜べ!実はな…」