(前回までのあらすじ)
オリジナル曲のないお馬鹿な娘達(ルカスマ)の為に、友人であるところの笠浩二氏に作曲の依頼をしてしまったオレ。
快諾してくれた笠さん。で、二人は電話やメールで打ち合わせを重ねながら、やっと待望の新曲が2曲上がってきた。イエーイ。
しかし大変なのはここからなんだよ。というのが今回のお話。
「と、ゆーワケで曲が上がってきたのだ」
「聞きましたー」
笠さんから仮歌入りの音源が上がってきて、すぐにメンバーにはダビングしたMDを渡してある。
「で、感じたことやフレーズ、どんなものでもいいから書いてもってこいと言ったな」
「持ってきましたー」
「よし。では提出しろ。それを参考に歌詞を制作するとしよう」
「よろしくお願いしまーす」
「あ、でも、恥ずかしいからココで見ちゃダメですよー」
キャーキャー言いながら紙を提出するメンバー達。
本当はこいつらに歌詞を任せようかとも思ったのだが、遠藤Pにバッサリ斬り捨てられた。
「あー、無理無理。あの子達にそんな事やらせてマトモなものが上がってくるワケありませんって。
大体、MCもマトモに喋れない人間が歌詞書けるワケないでしょう?」
MCと歌詞は全く別ものだと思うが、そう言われると無理なような気がしてくる。
でも、メンバーの意見も取り入れて、楽曲に対する思い入れをより深くしてやろうと思ったのだ。
で、苦肉の策として思いついたのが、今回の『何でもいいから書いてこい作戦』だ。
リハーサル室を抜け出して、廊下のベンチで紙を広げてみる。
「…う、うーむ」
唸る。
彼女達の名誉の為にも、具体的な内容をここで記す訳にはいかない。
ま、しかし…だ。
とりあえず遠藤Pの意見は実に正しかったワケで。
EPISODE 14 : FLY ME TO THE SKY
「歌詞を書いてたんだけど詰まっちゃったからさ…」
「で、飲んでると」
「うん。あと、来年やる舞台の台本もそろそろ考えなきゃいけないんだよね〜」
ちょっぴりKABAちゃんに似ている店長がグラスを磨きながら笑う。
夜中の2時に駆け込んだのは朝までやってるBAR。ここはカクテルも豊富だし、フードもうまい。
なので夜中に突然飲みに行きたくなった時には実に便利だ。本当は家でビール飲んで寝ようかと思っていたんだけどさ。
寝れなくなっちゃったんだよ。
それは決して歌詞や台本に詰まったからだけじゃなく
● ●
例えば、地球の裏側で何が起こっていても
そう、例えば誰かが泣いていても、笑っていても、オレの人生には何の関係もないし、知る術だってない。
でも、その地球の裏側で作られた映画で泣いたりもする。
● ●
鹿児島には、残念ながら一度も行ったことはない。
深夜番組をBGMの代わりにするか位の気持ちで、ふと点けたTVでCMが流れたんだ。
マクセルのCMだった。鹿児島の小さな町にある全校生徒3人だけの新留小学校。
今年の3月で休校になってしまったこの学校の最後の7日間を密着取材したドキュメント映像だけで制作されたCM。
画面に目が止まって目が離せなくなった。すぐさまパソコンを起動させて検索する。
「あった」
思わず声に出して呟いてしまう。
TVCM用のバージョンも含めて何本かのCMがアップされていた。そのどれもが泣ける。
中でも『最後の授業篇』がいい。120秒の中に詰まった『想い』のようなものが、どうしようもなく心に迫る。
最後の授業の日の朝に登校してきて、校舎に向かって『おはようございます』と並んで頭を下げる3人の姿が、
はしゃぎながらカメラに自分達の学校を案内する生徒達の笑顔が、『寂しいけど、やっぱり…』呟くように入る生徒の女の子のナレーションが、
『自分に正直に生きて欲しい』坊主頭の実直そうな先生の泣きながら言う言葉が、そして
『これで4時間目の学習を終わりましょう』『終わりましょう』そう唱和する3人の後姿が。
「やっべ…」
久々に味わうこの感覚。
例えば最高に面白い小説を読んだ時、例えば凄く刺激的な映画を見た時、稀にこういった感覚に襲われる。
『面白い』とか『最高』とかそんな安っぽい言葉なんて使いたくない、言葉にしたら魔法が消えてしまう。
言うならばそんな感じ。これだから人生はやめられない。この感覚を味わう度にたまらなく嬉しくなる。
何て言うか、オレはまだ大丈夫だって感じだ。うん。この感覚がオレの中にある限り、いくつになっても何があっても
オレは大丈夫なんだと思う。だからこの仕事を選んだんだとも思う。
いや違うな。この仕事しか選べなかったんだよ。
● ●
で、飲んでるワケだ。
「お仕事は順調ですか?」
「あー、うん。まぁ…」
パラパラと文庫本をめくりながら答える。
平日のこんな時間に飲んでられる程度には順調だよ。きっと。
しかし、なんで飲み屋のカウンターってのはこんなに読書に適しているんだろう?
「明日は?」
「あー、現場もアポもないから、昼くらいには起きて、それから考える」
「うらやましいな、そんな生活」
「まーね」
「でも歌詞考えてて眠れなくなったり、きっと私達には想像出来ない大変な事もあるんでしょうね」
「まーね」
深刻ぶるのも、偉そぶるのも、忙しぶるのも、飲み屋のカウンターには似合わない。
せいぜいお気楽ぶるのが丁度いいと思うんだ。オレ流の飲み屋流儀。
ページをめくる。
「さっきから何を読まれているんですか?」
「藤原伊織。シリウスの道」
「面白いですか?」
「まーね」
藤原伊織には、残念ながら一度も会ったことはない。
が、会う必要もない。男が男としてどう生きていくべきか。彼の作品を読むたびに、いつも彼はその答えをオレに教えてくれる。
実に不器用で、時代遅れで、世の中とうまく折り合って生きていけない。なのに、『こうありたい』『こうあるべきだ』
そう思う男たちの姿がそこには描かれている。
小説だって、映画だって、歌だって、舞台だって、全てはたかがフィクションだ。
が、そのたかがフィクションで人は泣いたり笑ったりする。
誰かの人生だって救えちゃうんだぜ?
「グラス空いてますよ。何か新しいものを?」
「さっぱりしたい気分だからな。久しぶりにミントビールでも」
「わかりました。コレ、あんまり頼むお客さんいないんですよねー」
「あと、何か食べたいんだけど」
「そうですね。ピザでも、パスタでも、ビールで煮込んだカレーなんかも人気ありますよ」
「なんだっけ?さっきメニュー見たら載ってなかったけど、前に食べたパスタで…」
「ああ、クリーム納豆ニンニクパスタ」
「それそれ。うまかったのにどうしたの?」
「おいしかったでしょ?いや、私も大好きなんですけどね…」
そこで言葉を切り、視線を床に落とす店長。
「全然、注文がないんですよ。だからメニューから外したんです」
「そっか。今日は作れる?」
「材料あるから大丈夫ですよ。久しぶりに作りますね」
張り切って麺を茹で始める店長の後ろ姿を見ながらミントビールを飲みほす。ビールは冷たいうちに飲みほさなくてはならない飲み物なのだ。これもオレ流儀。
しかし来年の舞台はどんな話にしようかな?
台本は当て書きで書く。うちはそんなうまい役者いないからね。こいつのキャラを生かしてこんな役。
とか、こいつは長台詞が言えないから台詞はこう短くして…。とか、こいつは滑舌が悪いからこの台詞は無理かな?とか、
そんな事まで考えながら台本を書く。
これがなかなか難しい。
「はい。お待ちどうさま」
目の前に『クリーム納豆ニンニクパスタ』が置かれる。
そのネーミングからゲテモノ扱いされるが、これが実においしくてクセになる味なのだ。
何と言っても、これは他の店では絶対にメニューにない。和風パスタでたまに納豆を使う店はあるが、
クリーム系に納豆を使うお店はそうはない。いい具合にアルデンテのパスタと、ニンニク風味のクリームソースに溶け込んだ納豆が
絶妙のハーモニーを奏でるのだ。あぁ、至福。
「やっぱり最高だよ。コレ」
「嬉しいな。いつでも作りますよ。メニューになくても注文して下さい」
キレイに片付けて、食後にレッドアイを一杯飲んで店を出る。
夜が白々と明け始めていた。フラフラと小さな川沿いに歩く。平日の朝っぱらから何をやっとるんだろうな、オレは。
とか思いつつも妙に気分がいい。
早朝から出勤する勤め人の皆さんとすれ違う。反対方向に歩く。これがオレの選んだ道だからね。
● ●
歌詞は、背伸びして大人の恋愛を歌ったりしたくはないな。イマドキでなくてもいいし、時代を切り取らなくてもいい。
ちゃんと言葉を選んで…と。あ、男の子目線での歌ってのもいいかもしれないな。
そうだ。あと、来年の舞台のお話だけど、こんな話はどうだろう?
ある劇団が舞台の業界内幕もの。るかが客演で呼ばれた泣き虫のアイドルで、竹森はそのマネージャー。
杏奈は上昇思考あるくせに抜けてるキャラで、藤田はセリフ喋らせると下手だからアドリブとリアクション中心で、
智美はやっぱカレーだな。んでイキ君には今度は…
オレの頭の中でクルクルとあいつらが動き始める。
当て書きで台本を書くのは難しい。だが
これがなかなか面白い。
悩んでも出てこなかった言葉が溢れ出してくる。
『書を捨てよ、町へ出よう』だっけ?
あれ、本当ですね。寺山さん
届けよう。
あの感覚を、色んな人に、いつか必ず届けよう。
願わくば、信頼できるスタッフと一緒に。
願わくば、お馬鹿な娘達も一緒に。
たかがフィクションで泣いたり笑ったりに人生を賭けてみるのも悪くない。
んじゃ、おやすみ
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