「何でずっと更新してないんですか?とても楽しみにしてるのに」
 K月でマスターに言われて、ふと気付いた。
「あれ?そんなに更新してなかったっけ?」
「そうっスよ。そろそろオレも登場するのかと楽しみにしてるのに」
 バイトのシュンスケが言う。
 深夜1時・生田K月。いつものようにオレは、マスターやバイトのシュンスケやイクミと一緒に賄いを食べていた。週の半分はこの店で賄い食ってるオレって一体何なんだろう?
「そっかぁ」
 そう言われて考えてみると、かなりの間更新してなかった。しかも特に理由もなく放置していたのが実に申し訳ないトコロだ。



        EPISODE 16 : ハードボイルドエッグ


 しかし毎日ブログを更新するタレントさんは偉いと思うよ、ホント。
 でもさ、日記って本来は人に読ませるために書くものじゃないよね?まして、不特定多数の人に読ませるために書く日記って・・何だかおかしな気がする。
 うちに所属する若いタレント達たちにはブログをやらせてない。「今時、ブログやってないんですか?」って色んな人に不思議がられるけど、やってない。今後もやる気はない。お仕事の情報をすぐに伝えられたり、自分の言葉を第三者の編集なしで伝えられたり、ファンにとってはタレントさんの意外な一面を知る事が出来たり、そりゃメリットも沢山あるんだろう。それはわかる。
 だけどさ、タレントさんや役者さんはプライベートなんてファンに見せなくていいと思うんだよね。『私は、○月○日に、誰々と、ドコドコで、何をしていて・・』なんて世の中のみんなに教える事なんてないじゃない。書けないコトや書きたくないコトだってたくさんあるでしょ?そーゆーの気にして文章打って、まして一日に何回もマメに更新してたら、仕事モードとプライベートモードの切り換えが出来なくなるんじゃないの?そこまで頑張ってるのに、ちょっとしたミスで誤爆?炎上?イメージダウン?
 まったくもって・・やっぱり何だかおかしな話だ。



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 問う。
「藤田よ」
「はい。何でしょう?」
「お前、モンハン部の部員だな?」
「はい!部員になる為に最新のPSPを購入しました」
「そんな事はどうでもいいんだ。で・・モンハンだが、世間様でもえらく流行っているようではないか」
「はい!一時期のブームは去りましたが、みんなやってます」
「みんながやってるかはともかくとしてだな。オレも、その何だ、モンハンには多少興味があるのだよ」
「それはいい事です!是非モンハン部に入ってください!」
「で、聞くぞ。初歩的な事を聞くぞ」
「はい。何なりと」
「モンハンとはどんなゲームなんだ?」
「モンスターを狩るんです。仲間と協力してモンスターを狩るんです」
「狩る以外には?」
「え?狩る・・だけですけど・・」
「世界を救ったり、お姫様を助けたりはしないのか?」
「しません」
「世界制服を企む魔王とか、邪悪な魔道師は出てこないのか?」
「出てきません」
「パフパフされたり、高貴な生まれの娘さんと、幼なじみの娘さんの間で揺れる自分とかはいないのか?」
「されないし、いません」
「・・・・」
「社長?」
「つっまんねーーーっ!!!」
「えぇぇ〜〜〜」
「つまんねー、絶対つまんねー。そんなもんやって何が面白いんだよ!」
「面白いですよ〜。ねっ、瑠偉君?」
「面白いよ。たまには村を救ったりもするよ」
「む、村ですと?瑠偉君!男の子ならそんな小さい事で満足しちゃダメだ!勇者になって世界を救ったり、 どの女の子を最初に攻略するか悩んだりするような健全なゲームを・・」
「社長!そういうのは健全とは言いません!特に後半が・・」
「うるせー!伽奈美!お前は横から口出しするんじゃねぇっ!」
「いえいえ、私もモンハン部員の端くれ。部長の一大事に黙っているワケには・・」
「何?何?モンハン部員のイキカズマが来ましたよ」
「はい。はい。部員の北乃ゆーりんです。好きな鏡音は・・」
 すべて世は事もなし。



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 一人で飲みに行く前に本屋に寄る。
 文庫本コーナーで何となくタイトルが気になったものを棚から抜いて、あらすじを見て、最初の数ページを立ち読みして面白そうだったら買う。その本をそのままポケットに突っ込んで飲みに行くわけだ。つまみを一品追加したと思えば、選んだ本がつまらなくても腹はたたない。
「何を読まれてるんですか?」
 バーテンのお兄ちゃんが聞いてくる。
 初めて入るバーだが、カウンターの一人掛けのソファーが妙にフワフワしていて気持ちいい。
「打海文三『裸者と裸者』上巻」
「面白いですか?」
「うん」
 確かに面白いけど、バーのカウンターで一人静かに読むには合ってんだか、合ってないんだか?とりあえず、明日は下巻を買いにいかねばなるまい。
 3年の間に藤原伊織が死に、つかこうへいが死んだ。残念ながら面識はなかったが、彼らには一方的に沢山のものを与えてもらった。オレは死ぬまでにどれだけの人にどれだけのものを伝えたり、与える事が出来るんだろうか?
 バーのカウンターで一人飲んでいる時には、そんな気恥ずかしい事を考えても許されるのだ。全世界的にそう決まっている。
 だから、今夜は色んな事をたくさん考えることにしよう



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 去年の選挙で民主党が政権を獲って、今年の参議院選では惨敗した。
 政治の世界や政治家がどんどんカッコ悪くなってる気がする。選挙権のない未成年達にもバカにされちゃうレベルだ。「この人になら」と国の将来を任せられるような人がいればいいんだけどね。ちなみにオレにはそんな政治家が一人もいない。悲しいことだ。
 『日本という国なんてない。日本という場所に住んでいる人がいるだけだ』
 昔読んだ小説にそんな言葉が出てきた。これが答えなんじゃない?
 そうそう、選挙や政治といえば思い出す事があるんだ。
 あれはもう何年くらい前のニュースだったっけ?
 与党の若手代議士が六本木で酔って痴漢をして逮捕されたってニュースが世間を少し騒がせた事があった。
 確か路上ですれ違った女性の胸を触ったとか何とか。女性が近くの交番に行って、駆けつけた警察官に逮捕されたとか何とかいうニュースだった。与党内では期待の若手のホープで、近い将来に閣僚入り間違いなしと言われていた代議士の逮捕に、新聞もニュースも一斉に飛びついて、面白おかしく報道していた。大体、最後の締めは「今の政治家はなってない」だの「だから投票率が低いんだ」なんてコメント。謝罪会見の映像。どこも変わりばえしない内容。でも、そんないくつかのニュース番組の中で1つだけ毛色の変わったVTRを流してた番組があった。その代議士が痴漢する前に飲んでた店のマスターのインタビュー映像だった。
「ああ、あのお客さんなら覚えてますよ。一人で入ってきて、そこのボックス席に座ってね、もう結構飲んでいるみたいでした。それでね、私が持っていったビールを目の前に置いたらね、ため息をついて『疲れたなぁ・・』って、ポツリと呟いてたんですよねぇ」
「え?」
 オレは思わず画面に向かって身を乗り出した。
 そっか。
 疲れてたんだ。
 与党の期待の若手代議士先生だ。悩みも、苦労も、しがらみも、きっとオレには想像出来ないくらいの大きいものがあったんじゃないかな。しかし痴漢なんてしちゃって、ハレンチ代議士なんて言われちゃって、輝かしい将来を棒にふっちゃってさ。
 でも、疲れていたんだな。そっか。
 と、妙にうなづきながらTV画面を見てしまった。
『疲れたなぁ・・』って呟いた時、一体この人はどんな顔をしていたんだろう?



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「俺たちの仕事は、タレントに虚構と現実の間を華麗に行ったり来たりさせる事なんだ」
 これは、オレが一番最初に勤めた大手の芸能プロの社長の言葉。
 おっかなくて、雲の上の人だったけど、勤めていた何年間かの間に本当に沢山の事を教えてもらったなぁ。その時はピンとこなかった色んな言葉を最近になって思い出す。
「どこにもないような最高の事務所を作りたくて、頑張ってきたけど・・大変です。なかなかうまくはいきません。結構ツラいです」
 時にオレはイメージの中の社長に心の中で愚痴をこぼす。
 イメージの中の社長はいつも厳しい目でオレを睨んでいる。
「そうか。頑張ってるか。でも辛いのか?じゃ、もうこれで終わりにするか?」
 そんな目でジッとこっちを見ている。
「・・もうちょっと、頑張ります」
 返す言葉はいつも同じだ。
 まだ、「疲れたなぁ・・」ってこぼすのは先にしておこう。
 また今日もK月で賄いを食って、深夜2時の帰り道。
 月を見上げながらそう思った。
 悩んでいても明日は来る。やらなきゃいけない事だってちゃんとあり、少なくともついてくる人間がいる。
「大丈夫だ」
 夜空に向かって、やってくる明日に向かってオレは呟く。
 呟けるうちは、きっと大丈夫だな。